大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)107号 判決 1963年6月26日
控訴人 酒井武三郎
被控訴人 日本通運株式会社
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し六〇万円及びこれに対する昭和二九年六月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金額を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人は主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張は、
控訴人の方で、
控訴人は、昭和二八年一二月一日当時石田勲に対し貸金債権計四六万〇一〇〇円及び額面金額二九万円相当の株券返還請求権を有していたところ、同月一五日その担保のため、同人より原判決添付目録記載の倉荷証券以下本件倉荷証券という。)の裏書を受けて、本件倉荷証券記載の織物レース木箱入五個(以下本件商品という。)を譲り受けた。控訴人代理人浜田嘉夫は、昭和二九年一月二〇日本件商品の保管場所の被控訴人伊丹支店川西池田営業所において、本件倉荷証券を呈示して、本件商品の引渡を求めたが、責任者不在の理由で拒絶された。同月末日頃控訴人代理人酒井千代は、同所で本件倉荷証券を呈示して、本件商品の引渡を求めたが、警察吏がこれを押収したという理由で拒絶された。同年二月中控訴人は同所で本件倉荷証券を呈示して本件商品の引渡を求めたが拒絶された。したがつて、被控訴人川西池田営業所では、控訴人が本件倉荷証券の所持人であることをすでに知つていたのであつて、同年四月一〇日本件商品について仮処分決定の執行を受けたにもかかわらず、民法六六〇条によつて直ちにその事実を控訴人に通知すべき義務を怠つたものである。さらに右仮処分決定の執行に際して、被控訴人川西池田営業所では、執行吏に対し本件倉荷証券の呈示のないことを理由として(商法五七三条六〇四条六二〇条)、その執行を拒否すべきであるにもかかわらず、これを拒否せず、しかもその執行後直ちに執行方法の異議、仮処分の異議、執行処分の取消の申立てをする等の注意義務を怠つていたのである。本件仮処分決定第三項は、「右執行吏は右占有物件を被申請人に保管せしめることができる」というのであり、被控訴人川西池田営業所以外の第三者にこれを保管させることを許容していないのであるから、被控訴人は、執行吏が同年五月二一日本件商品を他所に保管換えすることを拒否しなければならない責務があるにもかかわらず、その搬出・保管換えを許容した。それは同時に被控訴人が本件倉荷証券と引き換えないで本件商品を引き渡したものであつて、倉庫業者としての義務に違背するものである。しかも、被控訴人は、仮処分異議その他の申立てを怠つていたものであつて、右搬出の日から二四日後の同年六月一五日を過ぎた後、ようやく異議の申立てを始めたにすぎない。そのため、控訴人はみずから自己の権利を護るべく、同月一五日今西商店(仮処分債権者)と被控訴人(仮処分債務者)との間の仮処分事件について、補助参加をして異議の申立てをするとともに、仮処分決定の執行停止・取消の申立てをした結果、翌一六日右執行停止・取消決定を受け、その決定正本を当時の神戸地方裁判所伊丹支部執行吏吉谷健一に提出してその停止・取消の執行を求めたが、結局目的を達することができなかつた。他方、被控訴人はその後仮処分異議の申立てをし執行停止決定を得たが、時すでに遅く目的を達することができないことが明らかであるにもかかわらず、単に控訴人に対する弁明のために、その正本を吉谷執行吏に呈示したのである。その一年後、被控訴人は本訴の防禦資料を得るため樋口政治、石田敏子に照会して回答書等(乙第一三、一四号証)を入手したのである(しかし、その際、被控訴人は倉荷証券所持人が誰であるかについての照会を怠つた。)。
要するに、被控訴人は、民法六六〇条等の規定による通知義務を怠り、倉荷証券の呈示がないことを理由として、吉谷執行吏の各執行行為を拒否せず(仮に被控訴人が本件倉荷証券の呈示がないといつて同執行吏に対し異議を述べたとしても、執行を拒否したものということはできない。)、かつ直ちに執行方法に関する異議等の申立てをしなかつたため、つまり保管に関し注意を怠つたため、本件商品は競売・換価され滅失したのである。したがつて被控訴人は控訴人の被つた損害を賠償すべき義務がある(商法六一七条)。
被控訴人主張の免責約款(原判決五枚目表七行目から同裏二行目まで)は、倉荷証券の流通を阻害する性質のものであつて無効である。仮に有効であるとしても、被控訴人が免責される事項は、「抗拒又は回避することのできない事故、命令処置又は保全行為」に限定されているところ、吉谷執行吏のした各執行行為はこれに該当しない。それは、被控訴人が仮処分決定に対して異議の申立てをした(それは時機を失したものであるが)結果、仮処分決定取消・仮処分申請棄却の確定判決を受けていることによつても明瞭である。
滅失当時の本件商品の価額が六〇万円であることはすでに述べたとおり(原判決七枚目裏四行目から同八枚目表三行目まで)であるが、もし被控訴人がそれ以下であると主張するものであるならば、被控訴人の方でこれを立証すべき責任がある。
と述べ、
被控訴人の方で、
吉谷執行吏が仮処分決定の執行をする際、被控訴人の係員は、本件商品については、倉荷証券が発行されているからその執行は違法である旨異議を述べたのであつて、執行吏が仮処分決定正本に基づいて仮処分責務者たる被控訴人に対し、公権力の発動として、その引渡しを求めたのを被控訴人の係員が実力をもつて拒否あるいは阻止することを法は要求していないのである。被控訴人の係員には故意過失がない。
被控訴人は、今西商店・被控訴人間の仮処分に対し異議の申立てをし、同時に換価処分の停止を神戸地方裁判所伊丹支部に申し立てた。同支部の裁判官は即座の判断をしないで、右事件を神戸地方裁判所に廻付し同裁判所の合議部がその判断をしたほどであつて、被控訴人の係員が即座に判断できなかつたからといつて、当該係員に過失があるということはできない。
被控訴人は、乙第二三号証の内容証明郵便をもつて寄託者石田勲の代理人樋口政治に右換価命令のなされたことを通知しており、控訴人はこの通知によつて仮処分決定の執行、換価命令を知り、執行停止・取消の申立てをし、昭和二九年六月一六日執行停止・取消決定を受けたのである。さらに控訴人は仮処分異議の申立てもしている。被控訴人の申立てによつて、換価命令の執行停止決定(同支部昭和二九年(モ)第四六号)がなされ、被控訴人はその正本を同支部執行吏役場に提出したにもかかわらず、吉谷執行吏は本件商品を競売し、滅失させたのである。被控訴人の使用人に故意過失はない。被控訴人川西池田営業所で、控訴人が本件倉荷証券所持人であることを知つたのは、乙第一七号証の通告状が発せられた同年六月一一日頃である。
と述べたほか、
いずれも原判決事実記載と同一であるから、これを引用する。<証拠省略>
理由
一、当事者間に争のない事実
被控訴人は、運送業及び倉庫業を営むものであるところ、昭和二八年一一月二〇日被控訴人伊丹支店川西池田営業所で石田勲より本件商品の寄託を受け、本件倉荷証券を発行した。控訴人は同年一二月一五日石田勲より本件倉荷証券の裏書を受けて本件商品を譲り受けた。株式会社今西商店(以下今西商店という。)は、昭和二九年四月九日神戸地方裁判所伊丹支部で「本件商品に対する被控訴人(仮処分債務者)の占有を解き、今西商店(仮処分債権者)の委任する執行吏にこれが保管を命ずる。」旨の仮処分決定を受けたうえ、翌一〇日当時の同支部執行吏吉谷建一にその執行を委任し、同執行吏は被控訴人の前記営業所においてその執行をした。ついで吉谷執行吏は、同年五月二一日今西商店の申出があつたといつて、本件商品を右営業所より搬出したうえ、神戸市生田区下山手通八丁目三二番地橋岡正を監守人に選任し同人に本件商品を保管させ、保管換えをした。ところが、神戸地方裁判所伊丹支部は、同年六月七日「今西商店の委任する執行吏は、本件商品を競売により換価する」旨の換価命令を発した。そして吉谷執行吏は同月一五日本件商品を競売した結果、本件商品は第三者の取得するところとなつた。他方、被控訴人はこれより先同年四月二三日付書面をもつて、寄託者石田勲の代理人樋口政治(樋口が石田の代理人であるか否かについては争がある。)に対し前示仮処分執行の事実を通知し、右書面は翌二四日樋口に送達された。又被控訴人は、同年六月一日付書面をもつて樋口に対し、吉谷執行吏が同年五月二一日本件商品について前示保管換えをした事実を通知し、右書面は同年六月二日樋口に送達された。さらに被控訴人は同月一一日付書面をもつて、控訴人に対し同月七日付の前示換価命令がなされた旨を通知し、右書面は同月一二日控訴人に送達された。そして被控訴人は同月一五日神戸地方裁判所伊丹支部に換価命令に対する執行方法の異議の申立てをし(成立に争のない乙第一〇号証の一、二、第二六号証によると、控訴人は同月一五日右仮処分について、乙第一〇号証の一の「当事者参加、仮処分決定に対する異議申立」と題する書面を提出し、かつ第三者異議の訴提起に伴う執行停止・取消決定の申立をしたことが認められる((控訴人が右第三者異議の訴を提起し右執行停止・取消決定の申立をしたことは当事者間に争がない。)))、その結果同月一六日右換価命令停止決定がなされ、被控訴人は同決定正本を同支部執行吏役場に提出したが、吉谷執行吏は競売の公告をせず、かつ仮処分債務者である被控訴人に対する競売期日の通知もしないまま、前示のようにその前日の同月一五日本件商品を競売換価していた。以上の事実は当事者間に争がない。
二、被控訴人の帰責事由(商法六一七条)の存否について
成立に争のない甲第一号証、第四号証(乙第二七号証)、公文書であるからその成立を推認すべき乙第一号証、成立に争のない乙第二号証、第三号証中警察署長作成部分、第四号証から第九号証まで、第一五号証から第二〇号証まで、第二一号証の一から五まで、第三者の作成したものであつて弁論の全趣旨によりその成立を認むべき乙第三号証中私文書の部分、乙第四号証、原審及び当審証人浜田嘉夫、大北治郎(当審は第一、二回)、原審証人酒井千代、当審証人小野清三郎、石田敏子、西田敬介、津野正幸、吉谷健一(一部)の証言、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められる。
(1) 当時の国家地方警察兵庫県宝塚警察署司法警察職員は、昭和二九年一月二二日石田勲に対する横領被疑事件につき、宝塚簡易裁判所の捜索差押許可証を得て、被控訴人伊丹支店川西池田営業所で、石田の寄託した本件商品を含む織物箱入一一〇個を押収したうえ、これを右営業所に保管させた。控訴人代理人浜田嘉夫は、同月下旬本件証券を所持してその日の午後五時過に右営業所に出向いたが営業時間外であつたため、担当者に面接できず、その数日後再び右営業所に行き警察吏とともに本件商品を点検したが、その引渡しを求めなかつた。控訴人代理人酒井千代は同月下旬頃右営業所に出向き本件倉荷証券を呈示したが押収されている旨告げられ、そのまま帰宅した。本件商品等は同年四月一二日仮還付されたのであるが前示のように、これより先同年四月九日になされた仮処分決定主文は、「被申請人(被控訴人)会社伊丹支店川西池田営業所において保管している別紙<省略>目録記載の物件(本件商品を含む織物箱入計一一〇個)に対する被申請人の占有を解き、申請人(今西商店)の委任する神戸地方裁判所執行吏にこれが占有を命ずる。この場合、執行吏はその占有にかかることを公示するため、適当な方法をとらなければならない。右執行吏は右占有物件を被申請人に保管せしめることができる。」というのである。同月一〇日前示のように吉谷執行吏が前示営業所に出向き右仮処分決定正本に基づいて執行しようとした際、被控訴人の右営業所倉庫係津野正幸は、「本件商品等については、倉荷証券が発行されているから、それと引換えでなければ引き渡すことはできない。」旨述べて約三〇分間拒み続けたのであるが、吉谷執行吏は遂に「どうしても押える」といつて強引にその執行をした。そこで被控訴人の右営業所長大北治郎は、被控訴人伊丹支店長にその旨報告し、かつ木村順次郎顧問弁護士に相談したうえ、同月二三日付書面をもつて、当時所在不明になつていた石田勲の残務を処理していた樋口政治にその旨通知した。その頃控訴人は、本件倉荷証券を所持して右営業所に行き、その所持人である旨告げた際、本件商品につき前示仮処分決定の執行されていることを聞知したのであるが、控訴人は「本件倉荷証券所持人たる控訴人以外の者は本件商品を処分できないものであるから、右仮処分執行中は仕方がないが、結局控訴人に返還されるもの」と信じ、右営業所担当者に保管を依頼して帰宅した。その際控訴人は本件倉荷証券を呈示せず、その氏名は右営業所の保管台帳に記入されなかつた。
(2) 同年五月二一日午後五時四〇分から六時二〇分までの間、吉谷執行吏は、仮処分債権者今西商店代理人西田弁護士の申出により、本件商品等の保管料が多額であるとして、これ等を神戸市生田区下山手通八丁目四三二番地橋岡正方に運搬し、いわゆる保管換えをしたのであるが、その際被控訴人の前示営業所営業主任小野清三郎は、倉荷証券の呈示がないし右営業所長が不在であるといつてその搬出を拒んだが、吉谷執行吏はこれを無視して保管換えをした。右営業所の担当者は、その保管そのものについては危惧の念を抱かなかつた。そして、右営業所長大北治郎は、木村弁護士に相談したうえ、同年五月三一日付(六月一日発信)内容証明郵便をもつて樋口政治にその旨通知し、保管換えされた他の商品についても、知れたる倉荷証券所持人に対しその旨通知した。
(3) 本件商品を含む織物に対する同年六月七日付前示換価命令は、おそくとも翌八日被控訴人伊丹支店に送達されたのであるが、右営業所長大北治郎は、木村弁護士に相談のうえ、同月一一日付(同日午後六時まで)内容証明郵便をもつて、控訴人に対し右換価命令があつた旨通知し、同郵便は遅くとも翌一二日控訴人に送達された。控訴人は、右通知によつて同月一五日中元勇弁護士に委任して神戸地方裁判所伊丹支部に前示仮処分手続に対する民訴法七一条による参加の申立て等をする旨の書面を提出し、その執行停止・取消決定を受け、直ちにその正本を同支部執行吏役場に提出した。他方、被控訴人は木村弁護士に委任して同日右換価命令に対する執行方法に関する異議申立て、執行停止・取消決定の申立てをし、翌一六日保証として二六万円を供託して執行停止・取消決定を受け、直ちにその正本を右執行吏役場に提出したのであるが、吉谷執行吏はその前日の一五日本件商品等を合計二八万六〇〇〇円で競売しており、本件商品等は、他人の取得するところとなつていた。
(4) 被控訴人は、同月一五日神戸地方裁判所伊丹支部に前示仮処分の異議申立てをし、神戸地方裁判所は昭和三〇年五月一〇日仮処分債権者今西商店が本件商品の倉荷証券の所持人でなく、被保全権利(所有権に基づく引渡請求権)の疎明がないものとして右仮処分決定取消・仮処分申請棄却の判決をした。その結果前示仮処分決定の執行は取り消され、被控訴人は前示競売売得金の返還を受け、被控訴人の保管等の費用を差し引いた残額のうち本件商品に相当する金額二万一〇一四円を控訴人に弁済するべく提供し、受領を拒絶されたため、昭和三一年四月三〇日本件倉荷証券との引換えを条件としてその弁済供託をした。
以上の事実が認められる。前示吉谷健一の証言中右認定に反する部分は信用できない。他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
控訴人は、被控訴人は受寄者として民法六六〇条等の規定による通知義務の履行を怠つたものであると主張するので考えてみる。思うに第三者が所有権その他占有すべき権利に基づいて受寄者に対し寄託物の引渡しを請求する訴を提起し、又は差押え、仮差押え、仮処分決定の執行をしたとき、受寄者が遅滞なくその事実を寄託者(その物について倉荷証券が発行されているときは、知れたるその所持人を含む。)に通知しなければならない(民法六六〇条)のは、寄託物について生ずべき滅失等の危険を防止するべく、寄託者又は知れたる倉荷証券所持人をして異議を述べさせ、あるいは防禦の方法を講じさせる機会を失わせないためにほかならない。してみると寄託者又は倉荷証券所持人の方でその事実を知つている場合は、受寄者は右危険通知の義務を履行する必要がないものと解するのが相当である。前示認定のように控訴人は前示仮処分決定の執行がなされた昭和二九年四月一〇日後まもなく本件商品について前示仮処分決定が執行されていることを知つたものであるから、被控訴人が右仮処分決定執行の際、たとえ控訴人が本件倉荷証券の所持人であることを知つていたとしても、右危険通知義務を怠つた違法があるものということはできない。前示認定によると、同年五月二一日行われた保管換えについて被控訴人がその通知を控訴人にしていないことがうかがわれるけれども、右保管換えは、執行吏の裁量によるもの(執行吏執行等手続規則三〇条参照)であつて前示仮処分決定に違反せず又それ自体は執行処分でなく、他方前示のように被控訴人の右営業所の担当者は保管換えの結果による本件商品滅失等の危険があるものとは考えなかつたのであるから、被控訴人が右保管換えの通知をしなかつたことをもつて、通知義務の履行を怠つた違法があるということはできない。被控訴人の右営業所長大北治郎は、前示のように換価命令の告知を受けた日の同年六月八日からその旨の通知が控訴人に対して発信された日の同月一一日までの四日間、木村弁護士に相談したりその文書を作成したりしているばかりでなく、前示のように控訴人がその通知を受けた日の同月一一日から前示競売が行われた同月一五日の前日一四日までの四日間の余裕があつたのであるから、右通知が直ちになされず、それに遅滞があつたものということはできない。他方、控訴人が本件商品について同年四月一〇日後まもなく仮処分決定の執行されたことを知つた時、遅滞なく第三者異議の訴を提起して執行の取消ないし停止の申立てをし、その取消ないし停止の決定を得ていたならば、前示競売は避けられたものというべきである。とすると、控訴人がみずからとるべき危険防止・排除の措置を講じないで、被控訴人に対し右通知義務懈怠の違法があると主張するのは、信義則に反するというべきである。控訴人の主張は採用できない。
控訴人は、被控訴人の前示営業所担当者たる使用人が、本件証券と引換えでなく本件商品を吉谷執行吏に引き渡し、その執行を拒否しなかつたのは、保管に関し注意を怠つたものと主張するので考えてみる。
前示認定によると、仮処分債権者今西商店は、本件商品の所有権に基づく引渡請求権の執行保全のため、被控訴人の本件商品に対する占有を解き、これを執行吏の占有に移し、被控訴人にその保管をさせることができる旨の仮処分決定を得たものである。したがつて、それは暫定的にも仮処分債権者今西商店にその占有を移すことを命じたものではない。又前示仮処分決定の執行がなされたことによつて、被控訴人は本件商品に対する民法上の占有権を喪失するものではない(執行吏がそれの直接占有をした場合は、執行吏は暫定的な、執行吏の職務上制限された民法上の占有権を有するものであり((仮処分命令の執行が取り消されると債務者は再び直接占有権を取得することとなる。))、債務者は間接占有権を有するものである。)。してみると、係争物の仮処分たる前示仮処分決定の執行による、本件商品に対する執行の吉谷執行吏への移転は、被控訴人が依然として民法上の占有権を有する限り、商法六二〇条にいうところの「寄託物ノ返還」、同法六〇四条五七三条にいわゆる「受寄物ニ関スル処分」に該当しないものと解するのが相当である。すると、被控訴人の使用人が本件商品の占有を倉荷証券と引き換えずに、たとえ任意に吉谷執行吏に移し、執行を拒まなかつたとしても、保管に関し注意を怠つたものということはできない。仮に右見解をとらないとしても、前示認定によると、被控訴人の前示営業所の使用人は、同年四月一〇日執行の際も又同年五月二一日の保管換えの際も、吉谷執行吏に対し本件証券と引換えでなければ本件商品を引き渡すことはできない旨述べて拒んだにもかかわらず、同執行吏はあえてこれを無視してその占有を自己に移しているのであつて、同執行吏が公権力に基づき威力を背景にして(民訴法五三六条参照)、その執行をしたものである以上、被控訴人の右営業所の使用人が任意に本件商品を本件証券と引換えずに吉谷執行吏に引き渡し又は処分したものということはできない。控訴人の主張は採用できない。
控訴人は、被控訴人は、前示仮処分決定、換価命令に対し直ちに異議の申立てなどをし未然に本件商品の滅失を防止すべき義務があると主張するので考えてみる。思うに寄託物について権利を主張する第三者が受寄者に対し訴えを提起し、差押え、仮差押え又は仮処分の執行をしたときは、受寄者は、特段の事情がない限り、直ちにその事実を通知し、寄託者に危険防止・排除の機会を与えることをもつて必要かつ十分とするものと解するのが相当である(民法六六〇条)。なぜならば受寄者に対して異議の申立てなどの義務を負わしめるのは、善良な管理者の注意義務以上の注意義務を負わしめ、その責任を不当に加重することとなるからである。もつとも第三者が受寄物の占有を侵害したときは、受寄者はいわゆる占有訴権を行使して占有を回収したり保持したりする義務があるものと解すべきであるが、それは受寄者が、本来寄託物を直接占有すべきものであり、かつ直接占有していること、占有訴訟ががんらい迅速に行われるべきものであることの特別の事由に基づくものであつて、前示危険通知義務の趣旨に合致するからである。したがつて、このような義務があるからといつて、倉庫業者が第三者より受寄物について保全処分命令の執行を受けた場合、直ちに異議申立て等をなすべき義務があるものということはできないと解するのが相当である(控訴人が、同年四月一〇日前示仮処分決定執行後まもなくそれを知つた際、遅滞なく第三者異議の訴え、執行取消し・停止の申立てをしていたならば、同年六月一五日の競売による本件商品の滅失を避けることができたものというべきである。)。仮に右見解によらないとしても、被控訴人は、前示認定のように同年六月八日前示換価命令正本の送達を受け、同月一五日木村弁護士に委任して換価命令に対する執行方法に関する異議等の申立てをし、かつ保証として二六万円を供託して執行停止決定を受けたうえ、これを執行吏役場に提出したが、本件商品は競売されてしまつていたのであつて、被控訴人は直ちに異議申立てをしており保管に関する注意を怠つていないものというべきである。控訴人の右主張は採用できない。
すると、被控訴人の前示営業所の使用人は、本件商品の保管に関して、善良な管理者としての注意義務を怠らなかつたものというべきである。
三、結論
したがつて倉庫業者たる被控訴人の使用人が前示注意を怠つたことを前提とする控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく失当として棄却するほかはない。
そうすると、右と同趣旨の原判決は、正当であつて本件控訴は理由がないものというべきであるから、民訴法三八四条八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 山崎寅之助 山内敏彦 日野達蔵)